東京エッセイ
Posted on 2012.11.19
written by 岡崎嶽

いつからか、ぼくたちは口ぐせのように「東京、東京」とつぶやくようになった。
「ぼくたち」というのは、ぼくと野坂くんのことだ。

それはたしか、あの大震災を境にのことだと思う。
それまでぼくたちは、自分たちがどこにいるのかなんて気にかけてはいなかった。

ただ漠然と、新宿なり渋谷に出てきてお互いに会い、街であれば顔を合わせられればどこででも。

ぼくたちは自分たちがどこにいるのかなんて気にかけてはいなかった。

それは東京が揺さぶられてこなかったからだと思う。
こんな、一見できあがってしまったような街では、少し前まで、事実そこにいながら東京を見る、東京の話をする、というのは難しかったのだ。

だけどあの日、2011年3月11日、東京でも揺れは止まらなかった。
そして今でも揺さぶられ続けている。

ぼくは大阪が好きだ。

大阪は、「ええ、私は人を殺して成り立っています。」といった強烈さをそのままに排気を呼吸している。
洒落た町にも筆跡が残り、馬鹿みたいに酒を飲んではばからない友人、色の黒い彼はマリファナを探していたり。
興味があろうがなかろうが、押しつけがましいくらいに踊っているのだ。街も灯りも。

上海、バンコック、デリー、コロンボ…(野坂くん曰く、マカオも。)

さて、東京はどうだろう。東京は「ええ、私は人を殺して成り立っています。」なんておくびにも出さずに、知らん顔して酔っぱらってる気がするのだ。
1時間電車に揺られても、まだコンクリート、ビル、電飾、飽きもせず人の乗り降りが続いている。環状線なんて悪夢のように一年中巡回している。いったいなんのために?人間がいなくったって回ってるんじゃないのかね。(まあほんとうに人間がいなかったら、運転するひとも電気をひっぱるひともいないから実際は止まってしまうわけだけれど。)
ビニールにパッケージされた食料、おびただしい数のコンビニ、あらかじめスライスされた豚肉、もうたくさん。そのなかでたまに垣間見られる土は、その土地の地肌なのか運ばれてきたものなのかは一見してもわからない。皮膚呼吸なんて忘れたかのように、東京はいつだって知らん顔して過ごしている。
いったいどこから運んできたものを食べて成り立っているのか?
原発も米軍も押しつけて、関係がないようにまだ空騒いでいる。

いや、空騒いでいるのは街だけで、本当は人々は気づいているんじゃないかしら?
気づいていないのは吊り広告くらいで、それだって人間が作ったものなわけだけどうっかりするとそんなことも忘れてしまう。だってあまりにも貼りついているんだもの!

きっと東京では物も情報も金もありすぎて、すべての順番が逆になっているのだ。人間と広告の順番、コンクリートと土の順番…人間はみんな知っているけれど、街だけが知らん顔しているのだ。

ぼくはわりと出入りが多いものだから、「いつ東京に帰ってくるの?」なんて聞かれることがある。
誰もがよそ者の街に「帰る」なんて言葉があるのかな、と思う。だいたい「帰る」って言葉じたいどうも落ち着かない。東京にだって落ち着かない。

いっそ東京をふるさとにすべてを受け入れるなら、この街の役割はなんだろう。

それはもう狂った車輪を回すことではないと、あの日誰もが目を覚ましたことをぼくは知っている。
ぼくたちはこの狂った都市にあれ自然の中にあれ、とりかえしのつかないことのないようにバランスを胸にもって生きていくしかないのだ。とにかく生きていくしかないのだ。まずはじぶんを整えて。

そう、とりかえしのつかないことについて、すこし具体的な話をしたい。
原子力がそれだと思う。
20年後の福島、東京だけにいたら信じられないかもしれないけど、このままでは癌患者が増えることは目に見えている。
なのに去年の話もすっかり忘れてまた原発を動かそうとしている。
ベトナムに新しく日本製・ロシア製の原発ができる。
ことが起きればメコン川に放射性物質を流し込む。

絵を描いたり歌ったり瞑想なり、ぼくらがやっていて、そしてこれからもやろうとしていることは人間の中身の部分だ。破たんしたエネルギーではそれをとても支えられはしない。原子力は世界の癌細胞だ。ぼくたち人間が扱えるしろものではないのだ。

じっさいは、絵なんか描いていて、何も考えたくないっていつも思う。ただぼくだって黙って殺されたくはない。

東京はまるでイメージの街。空騒ぎと後ろめたさの街にしてしまってはいけない。
第二、第三の東京はもはや国外にも建設中。後ろめたささえ感じなかったら気楽に歌の一つも歌えなくなっちまう。

空騒いで、電気もチークも暴力も浪費して、気づいたらとりかえしがつかなくなってました、なんて都会像はもう古い。
酔っぱらってる間に東京がなくなってたなんて笑えないだろう!常ならぬものを越えて、もう一歩この街には洗練する余地があるんじゃないだろうか。変わるなら今日以外にはない。

色は匂へど 散りぬるを 我が世だれぞ 常ならむ
有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず

震災と原発事故の少し後、福島に行った。
福島駅から南相馬に向かうバスの窓から、東京では信じられないほどに美しい夕焼けをみたのを覚えている。
ぼくはその日、野坂くんと短いメールのやりとりをした。
その時の彼の、「太陽はお母さんだから、原発は親不孝だね」という言葉が頭から離れない。

ただ、東京を切り取って福島に移してもそれは東京じゃないし、責任を取るっていうのはそんなに単純で間抜けな話じゃないってこともぼくたちは知っている。
この街の役割はなんだろう?
かくいうぼくは今、東京、日本から離れたところで仕事をしている。

今度ぼくが「帰る」ころには、東京はどんな顔をしているだろうか。
相変わらず微笑んでいるだけだったなら、ぼくは少し悲しい。

(終)

Ghaku(岡崎嶽)

1988年 神奈川県横浜市生まれ
画家

works on web:
http://stickheadpress.tumblr.com/
岡崎嶽の記事一覧
12-11-19  東京エッセイ
13-01-25  街歩きの心得 Vol.1
13-02-07  街歩きの心得 Vol.2

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