「どうした?もっと喜べよ」
Posted on 2012.11.19
written by hukitobe

 おちょくるような顔で煽ってきた。彼の後ろには大スクリーンのような窓ガラスが、敷き詰められたビルと電車がサンドウィッチのように重なっている様を写していた。東京シャングリ•ラ•ホテル、34階からの眺めは綺麗というよりコンクリートの乾いた匂いしか感じなくて思わず返事がひっこんだ。
 
 彼はこれを誕生日プレゼントだといって数日前から予約してくれた。東京駅を一望できるここは、香港に本拠地を置くケリーグループが経営する高級ホテルチェーン店である。

 誕生日に恋人と大都会のホテルのスイートルームに泊まる事は昔から憧れていた。もし、時代を遡れるなら、外車を乗り回しバーをはしごして高級ホテルの最上階に泊まって恋人と朝まで豪遊できる時代まで飛んでいくはずだし、それが私の最上級の幸福だと信じて疑っていなかった。
 
 しかし理想とは、叶った瞬間いかに安っぽくてつまらないものを理想として描いていたか夢を醒ませてくれるものでもあった。夜に輝く街の灯りがどんなに素晴らしくても瀬戸内海へいった時に見た夜空には敵わない。ビルがどんなに高く連なっていても、長野にいった時のそびえる山の頂には敵わない。そして隣にいるこの男も、どんなにかっこよくてお金を持っていても、毎日なんでも言いあえて信頼できる恋人には敵わない。

 私は彼と出会った二ヶ月間、やはり長い夢をみていたのだと微笑む彼をみながらぼんやり確信した。ほしいのはお姫様のように扱われる豪奢な一日ではない。心から安心できる恋人と、例えばかたい車の座席で肩を抱いて寝る貧相な一日であっても、素直でいられる人と共に居られればそれこそが私の幸せなんだと思う。
 
 私たちはお互い映画の中の恋人を演じていた。彼の一挙一動には全くスキがなく完璧で、彼のスマートな動きをみる度に胸が張り裂けるほどの違和感を感じていた。しかしその一方で私も全身に神経を張り巡らしながら彼にふさわしい女性であるように装っていた。ありがとうこんな素敵な誕生日は初めてです。わたしはやっぱり貴方が一番だいすきです。

 急に全てが馬鹿らしくなった。しかし彼は軽く微笑んでからすぐに視線を腕時計にうつして、そろそろディナーの時間だ、降りようかと一言囁くとシンデレラに登場する王子様のように優雅に手を差し伸べてきた。彼の前で屁をこきたい、泣きべそをかきたい、戯言をいいたい、あるがままの私をみてほしいと嗚咽を上げながら叫びたい衝動に駆られながらも、決して言葉にはだせないほどの演技を身につけてしまった自分に憤りを感じた。

 ディナーも終わりに近づき、時計は翌日を迎えようとしていた。理想を与えてくれた彼は何杯もワインを飲み顔を赤らめて品良く酔っていた。僕もきみの事が好きだよ。とオリーブをつまみながらさらりと愛の言葉を吐き、わたしは身をよじらせて恥じらうと笑顔でトイレにいってきますと言って席を立った。

(つづく)

hukitobe

都内在住の某美術大学生。絵画制作の傍ら文章を執筆。煩悩に支配された私小説を主に発表。
すきなもの:他人の不幸 。きらいなもの:自分の不幸
HP:http://www.wix.com/yukinoart/home
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