音楽の中に生きるアウラ
Posted on 2012.11.9
written by まにょ

虚弱。のドラマーまにょが語る音楽のアウラとは!?

(photo by Remi)

第一回『ライブか、CDか。』

私はCDがあまり好きではない。

音楽をやっている身としてこのような発言をするのは少々問題があるかもしれないが、

しかし、CDの在り方に対して否定的な姿勢をとっているという訳ではなく、あくまでも生演奏、ライブと比較した場合の話である。

CDよりも、ライブの方が圧倒的に好きなのだ。3000円を出してあるアーティストのCDを買うよりも、

同じ金額でそのアーティストのライブチケットを買いたいと思うし、事実現在までそのようにして過ごしてきた。

なので、CDを買う頻度はライブに行く頻度と比べて極端に少ない方だと思われる。

自らの意思で最初に足を運んだのは、小学校高学年の頃。

矢野まき(当時の表記は矢野真紀。現在は活動を休止している。)というシンガーの大ファンで、数ヶ月に一度のペースでライブに通っていた。

幼い私にとって、彼女は憧れの存在であった。

裸足に白いワンピースという少女のような装いの彼女が全身を震わせながら力強く歌う様と、

曲の終わりごとに「ありがと。」と恥じらいながら挨拶をするマイペースで和やかなMCとのギャップがとてつもなく魅力的だったことを、

今でも鮮明に覚えている。

CDの売れ行きの悪さが懸念される昨今の音楽業界ではあるが、ライブハウスの動員はこれまでと変わらないか、むしろ増加する傾向にあると各所で言われている。事実、ライブでのチケット収益や物販での売り上げで生計を立てているインディーズアーティストも少なくはない。余程大きなドームやコンサート会場でない限り、一枚のCDと一回のライブチケットの値段に大差はない。しかも、CDは一度買ってしまえば繰り返し何度も聴く事ができるが、ライブは一回ポッキリだ。それなのに、多くの人々がライブに惹かれるのはなぜだろうか。
 ライブには、「いま」「ここに」しかない芸術の一回性である“アウラ”が存在する。“アウラ”とは、ドイツの思想家ベンヤミンによって提唱された概念で、一回限りの芸術が持つ崇高な儀式性のことを指し示す。複製技術を介して生産された二次的、あるいは三次的な作品には、それまでの芸術が帯びていた“アウラ”は存在しない。つまり、ライブが持つ“アウラ”は、CDという二次的複製メディアにおいては消失してしまうのである。
 数多くの人々が飽きもせずに何度もライブへ足を運ぶのは、この“アウラ”を求めるが故であろう。CDは繰り返し何度も聴く事が出来るが、そこには普遍性しかない。その反面、ライブは一回一回に変化がある。ライブ毎に異なるセットリストを楽しむ事が出来る。たとえセットリストが同じであったとしても、MCやパフォーマンスはその日その時限りのもので、二度と同じステージを演じ直す事は出来ない。ライブ音源を収録したCDやDVDをもってしても、会場に広がる熱気を100パーセント完全に再現する事は出来ない。
 とはいえ、情報伝達ツールとしてのCDは実に素晴らしいものだとも言えるだろう。地理的、あるいは物理的問題のためにどうしてもライブに直接足を運ぶ事の出来ないファンからすれば、好きなアーティストのCDを手に入れて、いつどこにいてもその音楽を享受する事が出来るのはとても喜ばしい事だ。また、レコードショップでの一枚のCDとの出会いが、そのアーティストを知るきっかけとなる場合もあるだろう。CDは、特定の場所や時間を必要としない自由な作品としてのみならず、アーティストの名刺代わりの存在としても機能するのである。

 話は変わるが、以前ひろしま美術館を訪れた際に、印象派画家として名高いモネの《セーヌ河の朝(ジヴェルニーのセーヌ河支流)》という絵画作品を一目見て、私は一瞬にして心を奪われてしまった。青とも緑ともつかない繊細な色彩と細かいタッチで描かれた樹々。朝、刻々と陽が昇っていき、薄紫色へと染まっていく瞬間を切り取ったかのような空。そして、樹々と空を反射し、ゆらゆらと揺らめくセーヌ河の水面。それら全ての色調が儚げに調和し、息をのむほど美しい。その作品の前からなかなか足を動かす事が出来ず、しばらくの間、吸い込まれるようにカンバスを眺め続けた。この時の体験をなんとか鮮明に記憶付けたいと思い、帰りがけにミュージアムショップでその作品の複製絵葉書を購入したのだが、非常に残念な事にこの絵葉書、本物の絵と色合いが全く違っていたのである。オリジナルの作品との強烈な出会いを果たした直後であったため、複製品の程度の悪さには落胆せざるを得なかった。
 しかしながら、このモネの話とは逆に、複製品がオリジナルを凌いでしまうというケースも現実に珍しくはない。レコードショップで偶然手に取ってCDを購入したアーティストのライブにドキドキしながら初めて足を運んでみたら、あまりに酷い演奏でがっかりしてしまった経験が幾度となくある。CDは、アーティストの元々の録り音の上に様々なエフェクトが付与されているため、たとえ演奏力の弱いアーティストであったとしても、その弱さをカバーして立派な作品を作り上げる事が可能なのである。オリジナルである生演奏よりも、複製メディアであるCDの方が優れているとは、なんとも皮肉なものである。

 このような例外の存在も加味した上で、やはり一度は直接ライブに足を運んでみないと、アーティストの真髄に近付く事は困難であると言えるだろう。CDを買って好きになったアーティストであれば、せめて一度はライブに足を運んでみて欲しい。もしそのライブが素晴らしいものであれば、二度目、三度目は自然とついてくるだろう。そして、二度三度と数を重ねていくうちに、ライブ毎に違った表情を見出すこととなる。
 私自身も、自分がライブをする際には、毎回違ったテンションで楽曲に取り組み、MCも日ごとに変化させるように心がけている。同じ曲を笑いながら演奏すこともあれば、泣きそうになりながら演奏することもある。落ち着いて淡々とMCをすることもあれば、フロアとのやり取りを楽しみながらMCをすることもある。アーティストは生き物なので、ライブは常に変化し、成長していく。その変化を、成長をリアルに目撃していくことは、家で一人でCDを聴いていることとは比較にならないくらいの熱量を伴う。そして、ライブを好きになる、もっともっとアーティストを、音楽を好きになるはずだ。

 好きなアーティストのライブに、せめて一度は足を運んで欲しい。一音楽人としての切なる願いである。

虚弱。の音源『孤高の画壇』はこちらのリンク先から試聴できます。

まにょ

1989年(平成元年)生まれ、美術史専攻の現役大学生。ガールズインストバンド「虚弱。」のドラマーとして活動中。 虚弱。http://kyojaku.com/ blog《Sentimental Girl's Violet Joke》 http://drum-beat.jugem.jp/ twitter @manyotaso
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